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青蓮寺のお宝御開帳

再び、常陸太田市集中曝涼のお話に戻ります。
訪れた先は、青蓮寺(しょうれんじ)というお寺。
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集中曝涼に伴い、本堂前ではキッチンカーや物販のテント販売が行われていました
室内では抹茶(お菓子付き、500円)のおもてなしもいただくことができました。

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では、正門よりあらためて

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天武天皇が2年ほど滞在(龍潜)し、その後仏像と聖徳太子の像を安置されたというお寺だそうです。
ですから歴史は相当古いですね
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天武天皇龍潜の後百年、鎌倉時代前期に後鳥羽院の第二皇子周親親王という人がここ・青蓮寺の前身となる天台宗のお寺を建立しました。
それからさらに年月が流れ、鎌倉時代の御家人畠山重忠が謀反の疑いをかけられ滅ぼされました。その次男・重秀は出家し、性證房と名を改めました。父・重忠の墓を訪ねて常陸国を行御中に親鸞と出会い、弟子になりました。
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性證房像
建保6年(1218年)、親鸞聖人とともに彼がこのお寺を訪れるとそこは荒れ果てていました。彼は境内を整備して堂宇を立て、浄土真宗のお寺にしたそうです。その時、青い蓮の夢を見たことからお寺の名前を”青蓮寺”と改めたとのことです
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性證房掛け軸
このお寺の前身:天台宗のお寺(皇跡山極楽院瑞願寺)を開山したのは後鳥羽院の第二皇子、そして青蓮寺を開山したのは畠山重忠の次男、どちらも第二子というのが大きな共通点です。なんだか不思議な縁を感じますね

そんな青蓮寺のお宝の一つ、県指定の木造阿弥陀如来立像。
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こうして一般公開されるのは、集中曝涼の時だけです。
ゆっくりと拝観させていただきましょう
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こちらが青蓮寺の御本尊様。なかなかイケメンの阿弥陀如来様でしょう
鎌倉時代後期の作と言われています。像高53.5cm、光背も含めると102cm檜材の寄木造りです。
このような時でなければ、こんなに接近して見られない
大変、貴重なものを見せていただきありがとうございました

さて、このお寺にはもう一つ”絶対に外せない”お宝があります。
それが、次にお話させていただく「二孝女(豊後国二孝女)」のお話です。
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豊後の国(現在の大分県)と常陸の国を結ぶ、とても素敵な物語・・・しかも、ノンフィクションです。
では、明日の記事で

今日もご閲覧ありがとうございました!
 
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