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茨城鉄道路線跡でたどる文化財探訪<1>

幻の「茨城鉄道」乗車の旅、いよいよ出発です(*^_^*)
かつての路線を走りつつ、その沿線に眠る遺跡巡りの旅です。
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行ってきまあす!

最初に向かうのは、那珂西城跡と宝幢院(ほうどういん)。
宝幢院の正式名称は”泉山法厳寺宝幢院(いずみやまほうげんじほうどういん)”。
真言密教、大日如来を祀っています
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ここ・宝幢院が所在するのは、かつて存在した那珂西城の城跡内。
鎌倉時代から戦国時代にかけて存在したお城です。秀郷流藤藤原姓の那珂氏=那珂通辰(なかみちとき)の居城だといわれてきましたが、近年では大中臣流(大中臣氏について(ウィキペディア))の那珂氏のものとする説が有力だそうです。
室町時代以降、佐竹氏の支配下にあったため同氏が秋田へ移封とともに廃城となりました
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城在りし日は土塁や堀に囲まれた「本城」「中城」「兵庫坪」の廓があったそうです。本城にあたる部分が現在、宝幢院の境内地となります
宝幢院
昭和9年に県指定の文化財に認定されました。

バス停、国道123号側の方に盛り上がった部分があるのはその名残かな
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石の小さな鳥居があるの、分かりますか?

では参拝しましょう。
境内にあった6体の可愛いお地蔵さんにまずご挨拶
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以前はかやぶき屋根だったそうです。火災により現在の屋根になりました。
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本堂に上がり、大日如来様を拝ませていただきます
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写真撮影はしておりませんので画像抜きで失礼いたします。
如来様の体内には2つの銘文があり、それには「①白馬寺の本尊で、観音様として信仰されていた」「②徳川光圀が元禄年間に修理し宝幢院に安置した」と書かれているそうです。

以前、この宝幢院は別な場所にありました。前身は先ほど触れました「白馬寺」というお寺。こちらは現在、常陸太田市に所在しています。徳川光圀公が改修工事を施し、同時にこの場所に移設されて現在の場所になったそうです。
佐竹氏から徳川氏へと、常陸の国を支配する者が替わり、その影響をこのお寺も受けています。
歴史の波に動かされた古刹の一つと考えてよいのでしょう。

さて、バスは再び出発し宝幢院を後にしました。
次に向かった先は、藤井駅跡を経由して那珂西駅跡へ。
その前に、手前の沿線(廃線跡)を徒歩移動することになりました。
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実際に茨城鉄道が走ったルートを歩いていきます。
では、次回は那珂西駅跡のお話になります。

宝幢院(法厳寺)

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