土浦港の桜と水天宮・水神宮

「霞ヶ浦ダックツアー」終了後は再び土浦港脇を通ってJR土浦駅へ戻ります。
桜の花を眺めながらゆっくりと。。。
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亀城公園の桜がちょうど、満開となったそうですが土浦港も素敵になっていました
あいにくの曇り空でしたが、桜咲く遊歩道をのんびりとお散歩。。。
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花火大会の会場となる桜川河川敷ほどの数ではないけれど、桜の季節の土浦港もなかなか、良いものです
川口運動公園の近くに、水天宮・水神宮・稲荷神社が鎮座しています。カレーフェスティバルの際、目にしていましたが今回はゆっくりと散策など。
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<水天宮>
天保11年(1840)、久留米藩主有馬頼徳の三女、竹姫が土浦藩に嫁いだ際の護り本尊として自分の故郷=久留米の水天宮の分霊を土屋藩邸に奉納したのがこの水天宮と言われています。昭和33年(1958)に現在の位置に遷宮されたとのこと
祭神は源平の戦いの際、最後の争い=壇ノ浦の戦にて命を失った安徳天皇と祖母の二位の尼平時子、そして安徳天皇の生母の建礼門院平徳子の他、天之御中主神という宇宙創造の神様が合祀されたそうです。
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明治初期に建築されたと言われる本殿と、敷地内に奉納された二個の力石が指定文化財になっています
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水天宮の隣にあるのが、水神宮です。
天保7年(1836)に川口町の有志によって創建されたとあります
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祭神は弟橘姫。夫・日本武尊の乗る船が大嵐に遭った時、荒れ狂う波を鎮めようと海へ身投げし、その後嵐が治まったという話があります。それと関係があるのか、ここでは舟運業者や漁業関係者の守護神として祀られています。
そしてさらにその隣にあるのは、壽寅(じゅえん)稲荷大明神。
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江戸時代末期の建設だとか。明治維新の頃から水天宮・水神宮とともに土屋藩邸に奉遷され、一時小松町に遷ってから昭和33年に再び、ここ川口町に遷宮されたという記録が残されています。
土浦城内で祀られていた神様を合祀したものだという説もあるそうです。
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3つ並んだ守護神、水天宮・水神宮・稲荷大明神。
今日も霞ヶ浦と土浦港を中心に土浦市の水難、火難、厄難除けの為、招福・商売繁盛の為、つつましくも強い力で護ってくださっているに違いありません。

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 [ 2016/04/05 22:35 ]  土浦市 | TB(0) | コメント(0)
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