郁文館の正門と学校

ランチを済ませ、さあ何して過ごそうか、と。
このまま石岡駅へUターンしても、時間はたっぷり余りますので食後のお散歩がてら、土浦の街をお散歩してみることにしました
といっても、大抵行くのは「まちかど蔵」のある中城通りの界隈と亀城公園くらい。
それではあまりにワンパターン過ぎ、というよりも、ブログ記事になる材料が欲しかったのですが(´∀`*;)ゞ
いつもとは違うところを歩いてみたいと思い、裏通りを歩いてみました。

中城通りを進み突き当たりを左へ進むと国道125号に出まして歩道橋を渡った突き当たりが土浦第一中学校に。
その手前で右に折れると、このような門があります。
DSCN4122_20160316213318653.jpg

DSCN4125.jpg
「土浦第一中学校」の表札。
”じゃあこれ、土浦一中の門?”
と思いたくなりますよね。
でも、本来は郁文館という施設の正門です。
土浦藩ありし頃、藩校として存在した施設ですが建物はなく、こうして門のみが残されているのです。
DSCN4123.jpg
天保10年(1839年)に土浦藩第11代藩主土屋寅直(つちやともなお)の時代に土浦城内から移され、ここに建てられたそうです。
その当時の復元図が、説明書きに添えられていました。
DSCN4124.jpg
現在、この中は学校ですから勿論一般の人が自由に入ることはできません
ですから私たちは塀の向こうにある中学校を遠目で傍観しながらこの配置図と合わせ、なんとなく当時の様子を想像していくしかありません。(不審者と思われないよう、要注意!!)
文武両道の修練の場として存在していた土浦藩の藩校=郁文館。
「勉強ばかりでなく、武術も身につけよう!」
「武術を磨いてばかりじゃなく、知識と教養も身につけよう!」
という教育方針だったイメージが頭に浮かびます。
DSCN4126.jpg
今でこそ、門のみとなっていますが廃藩となった後もすぐに建物が解体されたわけではなく、新治師範学校や土浦高等小学校の校舎として使用されたものの昭和10年に取り壊されたとのことです。
正門は昭和62年に修理の為解体され、再び建てられたようですが建築上・環境上の問題により完璧に当時と全く同じ姿、というわけではないようです
でも・・・・
DSCN4128.jpg
門の向こうは変わっても、学校の校門として今でも現役!
こうしてたたずみ、登校し”文武両道精神”で日々学ぶ生徒たちを温かく見守っていることは確かでしょう

土浦一中の向かい側、亀城公園の正面櫓門の裏側に位置する土浦小学校は和モダンな素敵な校舎。
郁文館正門に似せたと思われる校門に目を惹かれました
DSCN4130.jpg
かっこいいね♪
中にベンチがあるのはお迎えを待つ子が使うのかな?
そしてこの小学校の敷地内には土浦幼稚園も併設(#^.^#)
DSCN4131.jpg
土浦幼稚園は茨城県で最初にできた幼稚園です。
茨城県内における幼児教育発祥の地=土浦!!素晴らしい
当時の幼稚園で使用されていた教材が、土浦市立博物館に展示されています((^∀^*))

歴史がいっぱい、土浦ヾ(o´∀`o)ノ
DSCN4132.jpg

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 [ 2016/03/16 23:01 ]  土浦市 | TB(0) | コメント(0)
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