文化財「島家住宅」~ひかりのアート展<前篇>

城里町のほぼ西部。
上古内(かみふるうち)という場所に、古い住宅があります。
県道から細い道を右折、舗装もされていないその道をゆっくり進んでいくとそこには藁ぶきの古い家が建っていました。
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築350年越の年数だそうです。確か城里町地域おこし協力隊の手により綺麗に修復されたはず。

歴史あるこの住宅・島家住宅は国の登録有形文化財!!
こんな貴重なお宝がこの町にあったなんて知らなかった、不覚
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この古民家を利用し、去る9月15~18日の4日間にわたりアート展とキャンドルライトアップのイベントが開催されました。
庭先ではミニコンサートも行われています
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あと1時間(到着したのは午後5時を少し廻ったところ)で、このロウソクに火が灯されるのね。。。
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ライトアップしたのを是非、観たい。。。
でもそれまで時間がたっぷりありますので、周囲や住宅内をゆっくり眺めることにしました。
住宅の外にもアートが装飾されています。
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たくさん並べられた傘、これもアート作品です、
シルエットアートって言うんだって。
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屋外のトイレがなかなか趣感じるなあ。。。
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勿論、これは作品ではありません。
昔は家の中ではなくて外にあったんですよね。
コンサートに出られる若いアーティストさん(男性)が入るのに抵抗感じられていたようで

それでは、住宅内へ!
土間に置いてあった杵と臼。
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餅つきで使えそう!
そしてこちら↓
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今では珍しい、五右衛門風呂です
入り方はお分かりですよね?(笑)

畳の間の方にアート作品が展示されていました。
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居間や書斎として使用していたと思われる部屋に、陶器や写真、工芸品等がたくさん展示されています。
古民家、それも文化財でこうしてアート鑑賞もできるなんて素敵
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何といってもこの住宅そのものが”アート”ですね
障子を利用してのプロジェクションマッピング?
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みんなが夢中になって見始めていたものは。。。
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昔の書籍
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文芸書や雑誌の付録、教科書等時代を感じさせる本があるわあるわ。。。
つい私も夢中に(´∀`*;)ゞ
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昔の社会科地図帳。
茨鉄線も水浜線も生きてる~!!ヽ(≧∀≦)ノ

この家に住む人を知ってる方の話によればその方は昭和30年代前住んでいたそうです。
ですから圧倒的に多いのが昭和3年~32年位までの本ですね。

こちらはなんと、大正時代の家計簿です
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まだお金の単位に”銭”が使われていた頃ですね。
こちらはもっとすごい!
明治です。この中で最古参かな。
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なんだか歴史博物館が出来そうですね

これらの本を読む人はもう、ここにはいないけれどその人達が住んでた証・・・
この家の歴史とともに生きているんだね
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さて、そろそろライトアップに良い時間帯でしょうか。。
本のコーナーで少なくとも30分は費やしました(笑)
”お宝”をゆっくりと拝見したところでそろそろ庭に出ます。

といったところで後篇へ。


島家住宅

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 [ 2017/09/18 23:32 ]  城里町 | TB(0) | コメント(0)

茨城鉄道路線跡でたどる文化財探訪<3>

再び、茨城鉄道路線跡巡りの記事に戻ります。
那珂西駅跡を出発し、次に向かったのは石塚駅跡。
このツアーに参加する約1ヶ月前、既に自分の足で訪れていましたので当記事では省略させていただきますm(__)m
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幻の駅を訪ねて~茨城鉄道:石塚駅
この駅の近くにある薬師寺のお宝も再び拝観することができました。
薬師如来様、そしてそれをお守りする十二神将像にお会い出来るなんて
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こちらも、以前記事に書いておりますので当記事では省略させていただきます
御宝御開帳~薬師寺の花まつり
薬師寺の薬師如来像は国指定の文化財です。昭和30年代に起きた”石塚大火”(大火事)によりあわや焼失、というところを町の人達が必死で救出、保護し現在があります。
どんな文化財でも、文化財だけでは成り立ちません。それを保護する人間があるからこそ、文化財となり得るのだと今回のツアーで講師として参加し案内してくださった小山映一氏が言われていました。本当にその通りです。
火事の中で命がけで重要な文化財を救ってくださった、当時の町民に感謝です

さて、ここで一旦出発点となった「いせきぴあ茨城」に戻り昼食・休憩後(その間に軽く施設内見学等)をした後、バスに戻り茨城鉄道路線跡巡りツアーが再開しました。
前半は旧常北町エリア、後半は旧桂村エリアです。
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※訂正:×「高値」→○「高根」の間違いです。大変申し訳ありませんm(__)m

これまでほぼ、路線跡を忠実に再現して走行してきたバスですがここで初めて再現不可能な箇所が出てきました。
線路のあった箇所は水田となってしまい、バスで通ることが出来ず”線路があった”とされるところに「いせきぴあ茨城」のスタッフさんが旗を持って場所を示してくれていました。
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そして、阿波山駅跡に到着。
現在は桂図書館があります。
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駅舎は、図書館がある場所とは少々違うところにあったようですが。

バスは再び、茨城鉄道の路線跡を可能な限り走っていきます。そしていよいよ、終点:御前山駅へ。
その手前に橋台が残っている箇所があります。
それがこちら
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「桂運動公園」と書かれた看板が立っているところを右折(国道123号線を御前山方面に向かった場合)し、進んでいくとなんと、茨城鉄道の遺構が僅かながら残されているのです
画像中央あたりにある、こんもりと土手のように盛り上がった部分・・・そこは茨城鉄道の線路が通っていたところです。
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よく見ると、杭のようなものまで残されています。
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当時枕木の下に敷かれていた砂利だそうです。そのまま残されています。
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この区域の茨城鉄道は、現在の国道123号に丁度並行するような格好で走っていたそうです。このツアー参加者でもあり当時を知る御年配の男性が、ルートを教えてくださいました。
こちら↓、児童公園の中にも線路跡があるそうです。
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中央に見える階段部分が丁度、線路が通っていた部分だそうです。

このエリアが一番、茨城鉄道の遺構が多く残されている部分で当時の面影をかろうじて残す唯一の貴重な箇所のようです。
このようなものまで
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長年、放置され倒れていたところを前日、スタッフさんが起こして綺麗に拭き掃除をしたところ「茨交」という刻印が残されていたとのこと。
よくぞ残ってくれました
線路だった部分です。
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小さな鉄橋があったのですが、おわかりになられますか?
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ここを通って終点の御前山駅に向かったのね
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鉄道がもし、健在だったならこの区間は撮り鉄さんのターゲットになったに違いないね
山を背景に、素敵な写真が撮れたことでしょう。。。
残された遺構を眺め、亡き鉄道に想いを馳せつつバスへ移動。
車中で御前山駅に停車中の茨城鉄道写真を見せていただきました。
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御前山駅跡は先ほどの橋台跡からほんのわずかの距離ですが、駅があったところは現在ソーラーパネルが置かれています。
バスからの見学となりました。
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茨城鉄道路線跡は終点到着となり、バスはその少し先の「道の駅かつら」へ。
20分の休憩時間が与えられ、トイレや買い物をそれぞれ楽しみます。
よし!桂ジェラート食べるぞ
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特産品のいちごとブルーベリー
道の駅ではすべてダブルコーンとなります。でも、好きな味のを2つ組み合わせてもよし!
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旅した後のジェラートの味は格別

この後、いせきぴあに戻る前に高根地区という集落を廻り「古墳群」と呼ばれた箇所を見学して終了となりました。
「千墓塚」と呼ばれ、たくさんの古墳が存在していたらしいのですが開墾や耕作によって破壊され、現在では畑の中に石室の石材の一部が残されているのみです。はたから見ると”大きな石”程度にしか見えないようです。
でも私には見つけられなかった
ここから刀等の副葬品、特に県内ではここを含む2か所でしか発見されていないという蕨手刀(わらびてとう、柄の部分が蕨に似ているのです)が発掘され、水戸市の茨城県立歴史館に所蔵されているそうです。
・・・よし、後で歴史館へ行ってみなくちゃ!というわけで、高根地区古墳群は復習をした上で後日出直し予定(笑)

石室(の一部)は見つけられなかったけれど、替わりにバスの車窓からこんなの見つけてしまいました^◆^;
廃バス
昔の茨城交通バス。個人宅ですので場所はお教えできません。
これも歴史的遺構?(笑)

水戸初代藩主徳川頼房公の命により建設された農業用水路:赤沢江(あかわざえ)という水路がここ・城里町に存在していたそうです。奇しくもその水路は茨城鉄道路線跡をぐるりと回った格好だとか。こちらもいつか詳しく勉強しておかねば

これにて、「茨城鉄道路線跡でたどる文化財探訪」は終了。
茨城鉄道路線跡巡りを通した、ちょっとした”宝探し”をしてきた気分になれました
またいつか機会があったら参加してみたいと思います。

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 [ 2017/08/27 23:17 ]  城里町 | TB(0) | コメント(0)

茨城鉄道路線跡でたどる文化財探訪<2>

あらためてご紹介いたしましょう(^-^)
こちらが、茨城鉄道在りし日の鉄道路線です。

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おそらく昭和30年代のものと思われる鉄道路線地図が我が家にあり、茨城鉄道の路線図が掲載されていましたのでUPさせていただきました。
現在のJR赤塚駅から位置的には丁度、道の駅かつら手前になりますが御前山駅まで通っていました
バスを降り徒歩で歩いた部分は、藤井駅~那珂西駅(石塚駅の1つ前だった駅)までの間のほんの一部の区間です。
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鉄道が通っていたところを自分の足で歩く。。。なんだか不思議な感じ
道路を囲むように両側にある切り土になってる部分が鉄道が通っていた名残をなんとなく、感じさせます。
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日差しを遮って、夏なんか丁度いい避暑地です。
でも、虫除けスプレーは必須だな(笑)
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歩いた距離はほんの500m足らずの距離。
一旦、バスに戻り元・那珂西駅にやってまいりました。
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おおっと
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これは確か、線路を切り替える時のアレ・・・(名前が分かりません
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あらま、信号機も(≧≦)
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当時、駅として営業していた面影が残されています。
鉄道廃止後、那珂西駅も勿論なくなってしまいましたが現在、その跡地には造園業者さんが住んでおられその方の手により駅があった頃の貴重な遺構が残されています。
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こんな感じで駅名表があったんだろうな。。。
ちなみにこちらが、那珂西駅在りし日の写真です。
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配布資料の表紙写真をお借りしました。

これは、那珂西駅の屋根瓦の一部だそうです。
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こちらも、管理されている造園業者さんのご厚意で大切に保管されています。
そして、この碑
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那珂西駅開業記念の碑
大正時代のものですよ!
茨城鉄道という鉄道が、かつてここを走っていた。。。
茨城鉄道が確かに存在した。。。
その何よりの証。。。
消えた鉄道も、失った時間も戻らないけれど鉄道で賑わい、活気があったその時代を知ることでそこに町つくりのヒントになるものを発見できるかもしれません。その意味でも茨城鉄道の路線めぐりの旅は決して無意味ではないと思います。

このような貴重な遺構を大切に残されている方がいらっしゃるからこそ、茨城鉄道を知らない世代の人達でも知り得ることが出来るし、現物はなくても人の心に生き続けていくんですね
大切な資料を見せてくださった、細谷様。本当にありがとうございました!
この場を借りまして厚くお礼申しあげます。
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この界隈も、鉄道在りし頃は駅前通り。
農業高校の分校もこの近くにあったそうで、当時は賑わったのでしょうね。

※今回の訪問はツアーならではの特別な訪問ですので、普段勝手に足を踏み入れるのは遠慮された方が良いと思います。
見学を希望される方は、城里町役場にお問い合わせください!
それと。。。見学の際は必ず現地の方に一言お声をかけるのと、見学の御礼を忘れずに

今日もご閲覧ありがとうございました!
 
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 [ 2017/08/24 22:54 ]  城里町 | TB(0) | コメント(0)

茨城鉄道路線跡でたどる文化財探訪<1>

幻の「茨城鉄道」乗車の旅、いよいよ出発です(*^_^*)
かつての路線を走りつつ、その沿線に眠る遺跡巡りの旅です。
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行ってきまあす!

最初に向かうのは、那珂西城跡と宝幢院(ほうどういん)。
宝幢院の正式名称は”泉山法厳寺宝幢院(いずみやまほうげんじほうどういん)”。
真言密教、大日如来を祀っています
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ここ・宝幢院が所在するのは、かつて存在した那珂西城の城跡内。
鎌倉時代から戦国時代にかけて存在したお城です。秀郷流藤藤原姓の那珂氏=那珂通辰(なかみちとき)の居城だといわれてきましたが、近年では大中臣流(大中臣氏について(ウィキペディア))の那珂氏のものとする説が有力だそうです。
室町時代以降、佐竹氏の支配下にあったため同氏が秋田へ移封とともに廃城となりました
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城在りし日は土塁や堀に囲まれた「本城」「中城」「兵庫坪」の廓があったそうです。本城にあたる部分が現在、宝幢院の境内地となります
宝幢院
昭和9年に県指定の文化財に認定されました。

バス停、国道123号側の方に盛り上がった部分があるのはその名残かな
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石の小さな鳥居があるの、分かりますか?

では参拝しましょう。
境内にあった6体の可愛いお地蔵さんにまずご挨拶
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以前はかやぶき屋根だったそうです。火災により現在の屋根になりました。
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本堂に上がり、大日如来様を拝ませていただきます
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写真撮影はしておりませんので画像抜きで失礼いたします。
如来様の体内には2つの銘文があり、それには「①白馬寺の本尊で、観音様として信仰されていた」「②徳川光圀が元禄年間に修理し宝幢院に安置した」と書かれているそうです。

以前、この宝幢院は別な場所にありました。前身は先ほど触れました「白馬寺」というお寺。こちらは現在、常陸太田市に所在しています。徳川光圀公が改修工事を施し、同時にこの場所に移設されて現在の場所になったそうです。
佐竹氏から徳川氏へと、常陸の国を支配する者が替わり、その影響をこのお寺も受けています。
歴史の波に動かされた古刹の一つと考えてよいのでしょう。

さて、バスは再び出発し宝幢院を後にしました。
次に向かった先は、藤井駅跡を経由して那珂西駅跡へ。
その前に、手前の沿線(廃線跡)を徒歩移動することになりました。
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実際に茨城鉄道が走ったルートを歩いていきます。
では、次回は那珂西駅跡のお話になります。

宝幢院(法厳寺)

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 [ 2017/08/23 23:40 ]  城里町 | TB(0) | コメント(0)

茨城県埋蔵文化財センター(いせきぴあ茨城)

先日、城里町の埋蔵文化財センターいせきぴあ茨城を訪れました。
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学校のような、ほのぼのとした雰囲気。
それもそのはず、つい数年前まで小学校でした。
敷地内には今でも校訓碑と校歌碑が残されています
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城里町立北方小学校。平成23年4月1日、桂小学校開校にともないここ北方小学校を含む近隣の小学校(圷、岩船)が統廃合となりました。これをもちまして平成23年3月で北方小学校は廃校となったのです
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保存状態も良く、校舎も中も比較的きれいでまだまだ学校として使用できる状態。
廃校後、ここは県が管理する施設となり茨城県内の埋蔵文化財(土器や副葬品、太古の時代に日用品として使用されていた用具等)を集め展示紹介する施設=「いせきぴあ茨城」に生まれ変わりました

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教室や理科室、家庭科室等の他、掲示板に使っていたと思われるスペースまで無駄なく展示室に使われています。
ただ展示資料を見せるだけでなく、火おこしや勾玉作り等の体験も要予約で行っているそうです

そうそう、忘れてはいけないものが。
いせきぴあ裏庭には、本物の古墳もあるのです
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頓(徳)化原古墳(とっけばらこふん)
古墳時代後期の7世紀ごろのものだそうです。
全長35m・高さ3mで昭和59年に旧桂村の教育委員会により行われた発掘調査によると方墳(四角い古墳)の可能性が高いとのこと。
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遺跡に囲まれた、元小学校建物。
いせきぴあには、探せば宝物が他にもいろいろ見つかりそうです(*≧≦)

いせきぴあ茨城
HP(茨城県教育委員会)↓
http://www.edu.pref.ibaraki.jp/board/bunspo/bunka/maibun_ctr/index.html

開館時間 9:00~17:00(入館は16:30まで)
休館日 毎週土曜日、祝日、年末・年始(12月29日~1月3日)
駐車場 有
入館無料 
東茨城郡城里町北方1481 
Tel 029-289-3300

キャプチャ
「そば処とき」が近いです( ^ω^ ) ランチにどうぞ!

この地域=城里町(旧桂村・旧常北町)には、こういった”知られざる”(?)遺跡が点在しています。
そして、国指定、県あるいは町指定の文化財なるものも
この日、ここにやってきたのは他でもありません。そういった”遺跡巡りツアー”に参加するためでした。
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今は亡き、茨城鉄道が走った跡を巡りその沿線に眠る文化財や史跡巡りの旅。。。
これからどんな発見が待ってるのか。。。とても楽しみ♪

というわけで、次回よりそのレポートを書かせていただきます。
今回はこれにて失礼

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 [ 2017/08/22 21:26 ]  城里町 | TB(0) | コメント(0)
管理人あいさつ

竹千代

Author:竹千代
いらっしゃいませ!
当ブログでは茨城県の地域情報を中心に書いております。
管理人自身の独断と偏見、好みと行動可能範囲に偏っている上時々、誤字脱字・誤認情報が生じる場合がございます。また、ブログ掲載中の情報は記事をUPした当時のものですので情報内容が古かったり、お店や施設によっては閉店している箇所もございます。何卒、ご了承ください!

※<注意>当ブログは苦情受付所ではありません。ブログ中に掲載のお店・施設等のクレーム・苦情・誹謗中傷等の書き込みは固くお断り申し上げます。見つけ次第、投稿回数に関わらずブラックリスト登録させていただきますのでご了承願います。
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